安曇野市観光情報
現在のページここから 【観光情報】安曇野の旅 の ご当地自慢めぐり の 安曇野市の特産品 の 穂高天蚕糸 現在のページここまで
本文ここから

穂高天蚕糸

2010年04月07日 更新 】

淡い緑色の繭と光沢のある穂高天蚕糸

 桑の葉を与え、室内で飼うカイコを家蚕と呼ぶのに対して、屋外で飼育する絹糸昆虫を野蚕と呼びます。天蚕はその野蚕の仲間です。
天蚕の繭から採れる天蚕糸は、淡緑色で、独特の光沢と優美な風合いを持ち、その希少性から「繊維のダイヤモンド」とも呼ばれています。
市では、天蚕を昔ながらにクヌギ等の若葉で飼育し、座繰り繰糸で生糸を、手紡糸繰糸で紬糸をそれぞれ繰糸しています。
 200年以上に及ぶ天蚕業の歴史をもつ安曇野市では、今も天蚕糸をつくり続けています。

天蚕飼育のはじまり
天明年間
(1781年〜1788年)
有明地区において天蚕飼育開始。
文政年間
(1818年〜1829年)
営利的副業として本格的な飼育開始。
嘉永元年
(1848年)
繰糸開始。
明治9年
(1876年)
踏み取り機による繰糸開始。
天蚕飼育の隆盛
明治10年頃
(1877年頃)
飼育林不足により、県外(茨城県、栃木県など)への出張飼育開始。
明治30年頃
(1897年頃)
有明地区を中心とした3,000ヘクタール程の飼育林及び他県での飼育分を合わせて年間約800万粒の繭を生産。
天蚕飼育の衰退
明治35年頃
(1902年頃)
天蚕の害敵 微粒子病、うじばえ等の多発。
明治41年
(1908年)
日本アルプス焼岳噴火による降灰のため蚕児の虚弱化。
大正2年
(1913年)
長野県南北安曇郡天柞蚕同業組合が組織される。天蚕飼育の復興。
昭和11年
(1936年)
長野県蚕業試験場松本支場有明天柞蚕試験地設置(昭和14年時局反映により廃止。昭和24年再設置)。
昭和12年〜20年
(1937年〜1945年)
度重なる戦争のため天蚕糸は贅沢品とされる。さらに第2次世界大戦により飼育が途絶える。
天蚕飼育の復興
昭和48年
(1973年)
長野県は市町村への委託飼育を開始。穂高町(現 安曇野市)は委託飼育市町村となり、農家による飼育が復活。
昭和52年
(1977年)
穂高町天蚕センター(現 安曇野市天蚕センター)しゅん工。
昭和59年
(1984年)
「穂高天蚕糸」商標登録。(有明地区は旧 有明村。有明村は昭和29年に穂高町(現 安曇野市)に合併したためこの名がつく。)
平成9年
(1997年)
長野県蚕業センター有明試験地・同飼育林(前 長野県蚕業試験場松本支場有明天柞蚕試験地)廃止 
※現在市では飼育林跡地を県から借りて天蚕を飼育している。

関連情報

● 安曇野市天蚕センター (リンク先ページの2つ目の項目)



本庁の問い合わせ先

部課名:商工観光部 観光課(穂高総合支所内)
連絡先:電話 0263-82-3131  ファックス 0263-82-6622

支所の問い合わせ先

部課名:穂高総合支所 産業建設課
連絡先:電話 0263-82-3131  ファックス 0263-82-6622


本文ここまで
このページの先頭へ

本文の先頭へ戻るメインメニューへ戻る