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高橋節郎年譜2

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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年代年齢出来事
1964年(昭和39)50歳日本現代工芸美術巡回メキシコ展、アメリカ展に出品。
第7回新日展に《化石譜》(漆屏風)を出品。
第3回日本現代工芸美術展に《古墳》(漆パネル)を出品。
第13回五都展に《紅梅白梅漆盛器》(漆盛器)を出品。
「円心」第5回展に《化石深海》(A、B)(漆パネル)を出品。
第3回和光展に《湖水の見える静物》(漆パネル)《果実女人》(漆パネル)《都会女人》(漆パネル)を出品。
1965年(昭和40)51歳前年の新日展出品作品に対して、第21回目本芸術院賞を受賞、日本芸術院買上げ。
ベルリン芸術祭に出品。
第8回新日展に《化石の年輪》(漆屏風)を出品。
第4回日本現代工芸美術展に《化石抄》(漆パネル)を出品。
「円心」第6回展に《森の見える静物》(漆パネル)《室内》(漆パネル)を出品。
第4回和光展に《地平線のみえる静物》(漆パネル)を出品。
1966年(昭和41)52歳

日本現代工芸美術巡回ローマ展、協会代表として渡欧。
第9回新日展に《化石の森》(漆屏風)を出品。

作品「化石の森開墾林」の画像「化石の森開墾林」
第5回日本現代工芸美術展に《化石詩》(漆パネル)を出品。
松本市井上デパートで「高橋節郎」展を開催。
「円心」第7回展に《遠くに団地が見える》(漆パネル)《地平線の見える風景》(漆パネル)《静物》(漆パネル)を出品。
第15回五都展に漆盛器《花》を出品。
第5回和光展に《森の中の静物》(漆パネル)《みのり》(漆パネル)を出品。

1967年(昭和42)53歳日本現代工芸美術巡回ロンドン展、モントリオール展に出品。
第10回新日展に《化石譚》(漆屏風)を出品、審査員。
第6回日本現代工芸美術展に《化石群》(漆パネル)を出品。
「円心」第8回展に《ベニス・旅の印象》(漆パネル)《ノートルダム・旅の印象》(漆パネル)を出品。
第16回五都展に漆絵《花》を出品。
第6回和光展に《旅の印象》(A、B)(漆パネル)を出品。
1968年(昭和43)54歳日本現代工芸美術東欧巡回展に出品。
第11回新日展に《化石標》(漆屏風)を出品。
第7回日本現代工芸美術展に《化石帯》(漆パネル)を出品、東京都買上げ。
「円心」第9回展に《麦と静物》(漆パネル)《紫陽花》(漆パネル)《花の風船》(漆パネル)を出品。
第17回五都展に《花とレモン》(漆パネル)を出品。
第7回和光展に《パンジーと地平線》(漆パネル)《森の中の静物》(漆パネル)《花》(漆パネル)を出品。
1969年(昭和44)55歳改組第1回日展に《化石幻映》(漆屏風)を出品、理事に就任。
日本現代工芸美術巡回サンフランシスコ展、中南米展に出品。
第8回日本現代工芸美術展に《層》(漆パネル)を出品。
「円心」第10回展に《蛋気楼》(漆パネル)《丘の見える静物》(漆パネル)《あじさい》(漆パネル)を出品。
第8回和光展に《窓辺の静物》(漆パネル)《静物》(漆パネル)を出品。
1970年(昭和45)56歳第2回日展に《化石映像》(漆屏風)を出品、審査員。
第9回日本現代工芸美術展に《海層》(漆パネル)を出品。
第19回五都展に《洋蘭》(漆パネル)を出品。
第9回和光展に《花》(漆パネル)《花》(漆パネル)《花》(漆パネル)を出品。
1971年(昭和46)57歳第3回日展に《悠久の記》(漆屏風)を出品。
第10回日本現代工芸美術展に《海碑》(漆パネル)を出品。
第20回五都展に《麦と花》(漆パネル)を出品。
第10回和光展に《花》(漆パネル)《山の見える静物》(漆パネル)を出品。
1972年(昭和47)58歳第4回日展に《天宙の記》(漆屏風)を出品、審査員。
第11回日本現代工芸美術展に《紋》(漆パネル)を出品。
社団法人現代工芸美術家協会東京会会長に就任。
第21回五都展に《湖上静物》(漆パネル)を出品。
1973年(昭和48)59歳第5回日展に《金環の記》(漆屏風)を出品。
第12回日本現代工芸美術展に《遠い記憶》(漆パネル)を出品。
第22回五都展に《静物》(漆パネル)を出品。 
1974年(昭和49)60歳第6回日展に《遠森の記》(漆屏風)を出品。
第13回日本現代工芸美術展に《遠い森の記憶》(漆パネル)を出品。
1975年(昭和50)61歳第7回日展に《星座創記》(漆屏風)を出品、審査員。
第14回日本現代工芸美術展に《惜日譜》(漆パネル)を出品。
第24回五都展に《花》(漆パネル)を出品。
1976年(昭和51)62歳東京芸術大学美術学部教授に就任。
第8回日展に《古墳映像》(漆屏風)を出品。
第15回日本現代工芸美術展に《遠い森の饗宴》(漆パネル)を出品。
1977年(昭和52)63歳第9回日展に《古墳群映》(漆屏風)を出品。
第16回日本現代工芸美術展に《宙》(漆パネル)を出品。
東京都美術館運営審議会委員をつとめる(1986年まで)。
1978年(昭和53)64歳第10回日展に《古墳借景》(漆屏風)を出品、審査員。
第17回日本現代工芸美術展に《標》(漆パネル)を出品。現代工芸美術家協会理事長に就任。
第27回五都展に《双花》(漆パネル)を出品。
1979年(昭和54)65歳第11回日展に《古墳月彩》(漆屏風)を出品、監事。
第18回日本現代工芸美術展に《遺跡の跡》(漆パネル)を出品。
「近代日本の漆芸」展 (東京国立近代美術館工芸館)に《古墳群映》(漆屏風)を出品。
1980年(昭和55)66歳第12回日展に《樹下小憩》(漆パネル)を出品、審査員。
第19回日本現代工芸美術展に《花饗》(漆パネル)を出品。
社団法人日本漆工協会副会長に就任、漆工功労者として表彰される。
1981年(昭和56)67歳第13回日展に《樹下好景》(漆パネル)を出品、理事に再任。
第20回日本現代工芸美術展に《春待賦》(漆パネル)を出品。
「東京芸術大学教授退官記念・高橋節郎展」(東京芸術大学陳列館)を開催。同館に《惜日譜》を寄贈。
作品集『漆・黒と金の世界』を刊行。
日本芸術院会員に推挙される。
1982年(昭和57)68歳

第14回日展に《古墳松韻》(漆屏風)を出品、審査主任。日展常務理事に就任。
第21回日本現代工芸美術展に《丘陵好日》(漆パネル)を出品。

作品「丘陵好日」の画像「丘陵好日」
社団法人現代工芸美術家協会副会長に就任。
東京芸術大学美術学部教授を定年により退官。
小原流家元小原豊雲と二人展を開催(銀座松坂屋)。
「近代日本の漆芸」展(ベルリン国立美術館アルテスムゼウム、ドレスデン国立美術館ピルニッツ工芸館)に《古墳群映》を出品。
穂高町(現安曇野市)名誉町民となる。

1983年(昭和58)69歳第15回日展に《古墳星河》(漆屏風)を出品、審査員。
第22回日本現代工芸美術展に《追憶記》(漆パネル)を出品。
「素描」展を開催(銀座松屋)。信州美術会会長に就任。
「高橋節郎自選展」開催(松本日本民俗資料館)。
松本市に《樹下好景》(漆パネル)を寄贈、翌年紺綬褒章を受章。

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