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猿田 文紀|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新
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猿田 文紀

猿田 文紀写真

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 さるた ぶんき

 郡誌等編さんと文化財保護に尽力

生年月日1893年(明治26)
没年月日1978年(昭和53)
関連地域堀金(田多井)
職業・肩書教育者、歴史・民俗・考古学者
活躍年昭和時代
ゆかりの分野文化(教育)

経歴

 堀金田多井に生れました。1914年(大正3)、長野県師範学校(現信州大学教育学部)第二部を卒業後、小県郡・東筑摩郡・松本市・諏訪郡・南安曇郡下の尋常高等小学校訓導を歴任し、豊科高等女学校(現豊科高等学校)・飯山女学校(現飯山高等学校)・北安曇農業高等学校(現池田工業高等学校)の教諭を勤めました。1922年(大正11)には、郡誌編纂委員・南安曇教育会郷土研究委員・郷土調査叢書年中行事編編集主任・仏像写真編集主任等を勤めました。そのほか、北安曇郡誌改訂編纂歴史部主任・南安曇郡誌改訂編纂参与・信濃史料編纂参与等を委嘱され、多くの業績を挙げました。1951年(昭和26)から2年間、大町市上原遺跡の調査主任として発掘調査に当り、長野県埋蔵文化財発掘調査報告『上原』の編集を担当し、深い造詣(ぞうけい)のもと文化財の保護に当りました。

略歴譜

1893年(明治26)0歳堀金田多井に生れる。
1914年(大正3) 長野県師範学校第二部を卒業する。
  小県郡・東筑摩郡・松本市・諏訪郡・南安曇郡下の尋常高等小学校訓導を歴任する。
  豊科高等女学校・飯山女学校・北安曇農業高等学校の教諭を勤める。
  在職中は歴史の年代を歌にして覚えさせたりする等、個性的な指導に努める。
1922年(大正11) 郡誌編纂委員・南安曇教育会郷土研究委員・郷土調査叢書年中行事編編集主任・仏像写真編集主任等を勤める。
  北安曇郡誌改訂編纂歴史部主任・南安曇郡誌改訂編纂参与・信濃史料編纂参与等を委嘱され、多くの業績を挙げる。
1951年(昭和26) 2年間、調査主任として大町市上原遺跡の発掘調査に当り、長野県埋蔵文化財発掘調査報告『上原』の編集を行う。
  三郷村文化財審議委員会委員長・穂高町離山遺跡発掘調査団顧問等を委嘱され、深い造詣のもと文化財の保護に当る。
  こよなく村を愛し、丹念に村の隅々まで踏査して、村の歴史の節々について調べる。
  三郷村誌編纂の企画立案の援助をし、有線放送で数十回に及び文化講演をする等、村民への啓蒙に努めた。
1978年(昭和53)84歳亡くなる。

参考文献

堀金村誌堀金村誌編纂委員会・堀金村公民館/編安曇野市立図書館
長野県公式ホームページ