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快龍 和尚|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

快龍 和尚

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 かいりゅう おしょう

 上生野の観音堂の住職となり、手習い師匠をし尊敬される。

生年月日江戸
没年月日1779年(安永8)10月2日
関連地域明科(上生野)
職業・肩書住職
活躍年江戸時代以前
ゆかりの分野文化(宗教)

経歴

 明和、安永の頃、奥州南宗寺から旧縁の望月氏を頼って来ました。明科上生野の観音堂に住み、勤行の余暇に村民を集めて手習師匠をし、尊敬されました。かつては、藩主の師匠もしたほどの僧であったと伝えらています。
1779年(安永8)10月2日に亡くなり、門人17人が弥堂地(みどうじ)に墓を建てました。

略歴譜

  明和、安永の頃、奥州南宗寺から旧縁の望月氏を頼って来る。
  明科上生野の観音堂に住み、勤行の余暇に村民を集めて手習師匠をし、尊敬される。
  かつては、藩主の師匠もしたほどの僧であったと伝えられる。
1779年(安永8)10月2日 亡くなり、門人17人が弥堂地に墓を建てる。

参考文献

明科町史明科町史編纂会/編安曇野市立図書館