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黒岩 尚七|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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黒岩 尚七
くろいわ なおしち

烏川村会議員に選任され、副議長として2期にわたり、村政の進展に大きく貢献する。その後、堀金村教育長を勤め、村の教育の発展に尽す。

生年月日1906年(明治39)
没年月日1966年(昭和41)9月18日
関連地域堀金(下堀)
職業・肩書自治功労者
活躍年昭和時代
ゆかりの分野経済(産業)

 

経歴

堀金下堀に生れました。南安曇農学校(現南安曇農業高等学校)を卒業後、農事に精励する傍ら、推されて下堀青年会長となり、2期にわたり任務を遂行しました。堀金村消防団第三分団長・耕地総代・氏子総代を歴任し、推されて烏川村会議員となり、副議長として2期にわたり、村政の伸展に大きく貢献しました。また、堀金小・中学校組合会議員・下堀上水道建設副委員長・烏川三田両村合併特別委員・堀金村森林組合理事として活躍しました。1959年(昭和34)3月から堀金村教育長を7年間勤め、小・中学校の校庭・特別教室・給食室・プール等の学校施設を充実させ、村の教育の発展に尽力しました。常に学校教育・社会教育への優れた抱負を持ち、堀金教育のビジョンを語りました。

略歴譜

1906年(明治39)0歳堀金下堀に生れる。
1924年(大正13) 南安曇郡農学校を卒業する。
  農事に精励する傍ら、推されて下堀青年会長となり、2期にわたり任務を遂行する。
  堀金村消防団第三分団長・耕地総代・氏子総代を歴任する。
  推されて烏川村会議員となり、副議長として2期にわたり村政の伸展に大きく貢献する。
  堀金小・中学校組合会議員・下堀上水道建設副委員長・烏川三田両村合併特別委員・堀金村森林組合理事として活躍する。
1959年(昭和34)3月 堀金村教育長を7年間勤め、小・中学校の校庭・特別教室・給食室・プール等の学校施設を充実させる。
  1959年(昭和34)以来の勤務評定問題についても、温厚誠実な人柄をもって円満解決に導く。
  常に学校教育・社会教育への優れた抱負を持ち、堀金教育のビジョンを語る。
  文学や芸術面にも深い関心を寄せ、特に書画を好み、余暇をみつけてよく鑑賞する。
1966年(昭和41)9月18日60歳社会教育面の施設の充実に意欲を燃やし、その計画を練っていた矢先、病気のため亡くなる。

参考文献

堀金村誌堀金村誌編纂委員会・堀金村公民館/編安曇野市立図書館