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篠崎 四郎|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

篠崎 四郎の写真

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篠崎 四郎
しのざき しろう

蚕種の改良・普及に尽力。

生年月日1869年(明治2)
没年月日1929年(昭和4)
関連地域明科(豊科細萱の篠崎伯朗の養子。)
職業・肩書蚕業功労者
活躍年大正時代
ゆかりの分野経済(産業)

 

経歴

明科に生れました。長じて豊科細萱の篠崎伯朗の養子となりました。明治初年に、生糸製造や梨・葡萄等の果樹栽培等、地方の殖産振興の先覚者の養父伯朗の指導を受け、蚕糸業界に創意工夫をもって貢献しました。明治末期、片倉製糸松本所長今井五介の大日本一代交配蚕種普及団の提唱に、安筑両郡の同志とともに参加しました。地元の有力者斉藤兵次郎らと「四天王組」をつくり、一代交配蚕種の改良・普及に努力しました。1915年(大正4)、日本種と欧州種との一代交配、日本種と中国種の一代交配による「大和錦」「白竜」の新品種を作り出し、翌年には蚕種・蚕繭(さんけん)・蚕蛾貯蔵のための天然氷利用による冷蔵施設を考え、普及させました。また、蚕業関係団体の要職も務めました。

略歴譜

1869年(明治2)0歳明科に生れる。
  長じて豊科細萱の篠崎伯朗の養子となる。
明治初年 生糸製造や梨・葡萄等の果樹栽培で、地方の殖産振興の先覚者の養父伯朗の指導を受け、蚕糸業界に貢献する。
明治末期 片倉製糸松本所長今井五介の大日本一代交配蚕種普及団の提唱に、安筑両郡の同志とともに参加する。
  地元の有力者斉藤兵次郎らと「四天王組」をつくり、一代交配蚕種の改良・普及に努力する。
1915年(大正4) 日本種と欧州種との一代交配、日本種と中国種の一代交配による「大和錦」「白竜」の新品種を作り出し、普及する。
1916年(大正5) 蚕種・蚕繭・蚕蛾貯蔵のための天然氷利用による冷蔵施設を普及させる。
1922年(大正11) 長野県蚕品種審査会が設置され、委員となる。
  南安曇蚕種同業組合長、長野県蚕業同業組合連合会副会長、帝国中央会委員等の要職を務める。
1928年(昭和3) 長野県蚕糸業調査委員会が設置され、委員に推される。
1929年(昭和4)60歳亡くなる。

参考文献

豊科町誌豊科町誌編纂会/編安曇野市立図書館
写真:南安曇郡誌第三巻下南安曇郡誌改訂編纂会/編安曇野市立図書館