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青木 祥二郎|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

青木 祥二郎の写真

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青木 祥二郎
あおき しょうじろう

重要無形文化財保持者(総合認定)の能楽師。現在の市の薪能のきっかけを作る。名誉市民。

生年月日1914年(大正3)8月10日
没年月日1999年(平成11)9月10日
関連地域明科(明科)
職業・肩書能楽師。重要無形文化財保持者(総合認定)。
活躍年昭和時代
ゆかりの分野文化(芸術)

 

経歴

明科中川手明科に生れ、本名は匡(ただし)と言いました。1928年(昭和3)、高等小学校1年終了と同時に郷里を出て、後に志を立て、能楽の道に入りました。内弟子時代は、苦しく又厳しい修業を積みました。1942年(昭和17)1月、独立して「観世流師範」の免許を許されました。1968年(昭和43)12月、「職分格」に昇格し、1978年(昭和53)5月28日に、重要無形文化財保持者(総合認定)の認定を受けました。1988年(昭和63)10月16日には、能の道にある者の望む最終の目標とも言われる、能楽最高の秘曲「姨捨」を斯道60年の記念に開曲する等、能楽一途に伝統芸術の振興と創造に努めました。明科で行われている薪能に出演し、地域の芸術文化の振興にも大きな功績を残しました。

略歴譜

1914年(大正3)8月10日0歳明科中川手明科に生れる。本名は匡と言う。
1928年(昭和3)4月13歳京都市の日本画家、今尾景祥師の学僕となり、傍ら観世流の謡曲を修得する。
1933年(昭和8)7月18歳観世流職分、片山博通師に内弟子として入門し、能修業に専念する。
1942年(昭和17)1月27歳独立して「観世流師範」の免許を許される。
1968年(昭和43)12月54歳観世流「職分格」に昇格する。
1975(昭和50)から
1987年(昭和62)
61から73歳頃明南小学校に、管楽器及び図書資金として200万円を寄贈する。
1978年(昭和53)5月28日63歳重要無形文化財(総合認定)保持者の認定を受ける。
1985年(昭和60)11月71歳明科町町制施行30周年記念に能舞会を催す。
1987年(昭和62)10月73歳能楽師の最高位「観世流職分」に昇格する。
1988年(昭和63)10月16日74歳観世流宗家より、能楽最高の秘曲「姨捨」の開曲を許される。
1989年(平成1)75歳3月定例議会において、明科町名誉町民第一号に選定される。
1999年(平成11)9月10日85歳病気のため亡くなる。

参考文献

文化庁公式ホームページ