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帯刀 近二郎|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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帯刀 近二郎
おびなた ちかじろう

 

温銀行を開業。蚕種の郵送については、農産物と同様、第四種郵便の取扱を受けることに奔走し、実現する。

生年月日1866年(慶応2)
没年月日1936年(昭和11)
関連地域三郷(野沢)
職業・肩書実業家
活躍年明治時代
ゆかりの分野経済(産業)

 

経歴

三郷野沢に生れました。家業は織物や足袋の商売をしており、販路を上田方面・甲府方面まで拡張し、後には蚕種も扱いました。代金の決済に銀行創立を思い立ち、中村美寿弥(みすや)と相談して、大蔵省に申請し認可を得て、1896年(明治29)、自ら頭取となって資本金1万5千円を準備し、建物は自宅を改造して、温銀行と名づけて開業しました。また、中村美寿弥と共に、蚕種の郵送については、農産物と同様、第四種郵便の取扱を受けることに奔走し、実現しました。銀行の開業と第四種郵便の取扱いは、蚕種業者から喜ばれ、盛んに利用され、一般の利用者も増加しました。温銀行は利用者が増加し、堅実な歩みを続け、地元の人達から喜ばれました。1936年(昭和11)に亡くなりました。

略歴譜

1866年(慶応2)0歳三郷野沢に生れる。
  幼い時、近くの寺子屋で学問に勤(いそし)む。
  家業は織物や足袋の商売をしており、販路を上田方面・甲府方面まで拡張し、後には蚕種も扱う。
  代金の決済に銀行創立を思い立ち、中村美寿弥と相談して、大蔵省に申請し認可を得る。
1896年(明治29) 自ら頭取となって資本金1万5千円を準備し、建物は自宅を改造し、温銀行と名づけて開業する。
  中村美寿弥と共に、蚕種の郵送については、農産物と同様、第四種郵便の取扱を受けることに奔走し、実現する。
  銀行の開業と第四種郵便の取扱いは、蚕種業者から喜ばれ、盛んに利用されるが、一般の利用者も増加する。
  松本の裏町で味噌製造を始め販路を拡大し、1912年(明治45)まで続ける。
  温銀行は利用者が増加し、堅実な歩みを続け、地元の人達から喜ばれる。
1932年(昭和7) 昭和初期の経済恐慌の嵐(あらし)に見舞われ、物価が暴落し、貸付金が預金の4倍にもなり、解散のやむなきに至る。
  中国に滞在している時に、中国産蒟蒻(こんにゃく)の郷里での栽培を考案し、三郷室町で栽培を試みる。
1936年(昭和11) 青森へ出掛け、りんごの苗木を持ち帰って植えたが、りんごのなるのを見ずに、亡くなる。

参考文献

三郷村誌1三郷村誌編纂会/編安曇野市立図書館