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田淵 行男|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

田淵 行男の写真

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田淵 行男
たぶち ゆきお

高山蝶の生態研究に情熱を傾けた山岳写真家。豊科に記念館がある。名誉市民。

生年月日1905年(明治38)6月4日
没年月日1989年(平成1)5月30日
関連地域豊科(見岳町。穂高牧に疎開し、常念岳等で高山蝶の生態研究を行う。鳥取県出身。)
職業・肩書昆虫学者・山岳写真家・教育功労者
活躍年昭和時代
ゆかりの分野文化(芸術)

 

経歴

鳥取県黒坂村(現日野町)に生れました。1924年(大正13)、東京高等師範学校(現筑波大学)博物科に入学し、ギフチョウの研究を行いました。卒業後は富山県立射水中学校(現富山県立新湊高等学校)、独協中学校(現独協中学校・独協高等学校)等の教諭を勤めました。1945年(昭和20)に穂高牧に疎開し、高山蝶の生態研究に入りました。翌年の1946年(昭和21)6月には常念岳乗越で、高山蝶タカネヒカゲの幼虫を発見し、以来、生態の研究に没頭して、その解明に成功しました。また、山麓のアシナガバチ・ギフチョウ・ヒメギフチョウの生態研究も始めました。1959年(昭和34)には、数百回に及ぶ北アルプスの踏査が実り、著書「高山蝶」を出版しました。1961年(昭和36)には豊科見岳町に転居しました。1976年(昭和51)に、環境庁長官より、自然保護思想普及功労賞を受賞しました。

略歴譜

1905年(明治38)6月4日0歳鳥取県黒坂村に生れる。
1924年(大正13) 東京高等師範学校博物科入学、在学中ギフチョウの研究をする。
  富山県立射水中学校、東京府立第二高等女学校(現東京都立竹早高等学校)、同女子師範学校(現東京学芸大学)、独協中学校の教諭を勤める。
1945年(昭和20) 穂高牧に疎開し、高山蝶の生態研究に入る。
1946年(昭和21)6月 常念岳乗越で、高山蝶タカネヒカゲの幼虫を発見する。以来、生態の研究に没頭し、その解明に成功する。
 山麓のアシナガバチ・ギフチョウ・ヒメギフチョウの生態研究も始める。
1959年(昭和34) 数百回に及ぶ北アルプスの踏査が実り、著書「高山蝶」を出版する。
1961年(昭和36) 豊科見岳町に転居する。日本写真批評家協会特別賞を受賞する。
1976年(昭和51) 環境庁長官より、自然保護思想普及功労賞を受賞する。
1984年(昭和59) 豊科町名誉町民となる。
1989年(平成1)5月30日83歳亡くなる。
1990年(平成2)7月7日 豊科重柳に田淵行男記念館が開館する。

参考文献

豊科町誌豊科町誌編纂会/編安曇野市立図書館
田淵行男記念館所蔵資料  
富山県立新湊高等学校公式ホームページ  
独協中学校・独協高等学校公式ホームページ  
東京学芸大学公式ホームページ  
東京都公式ホームページ  
鳥取県公式ホームページ  
ウィキペディア「東京第一師範学校」