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得誉 上人|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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得誉 上人
とくよ しょうにん

専念寺第14代住職。浄土宗知恩院派の名僧。

生年月日1649年(慶安2)
没年月日1727年(享保12)12月9日
関連地域豊科(下鳥羽)
職業・肩書住職
活躍年江戸時代以前
ゆかりの分野文化(宗教)

 

経歴

豊科下鳥羽の庄屋の家に生れ、1661年(寛文1)から22年間、全国各地を漫遊して修行を行いました。1673年(寛文13)に、江戸の増上寺で大和尚となる資格(壇林相続)を得ました。1683年(天和3)に全国各地での修行を終え、1686年(貞享3)、摂州豊島郡神田村の法伝寺第八代住職となり、5年間在職しました。
1690年(元禄3)、豊科真々部の専念寺第14代住職となり、永年にわたり、松本藩に仏法経文の講義もしました。偉大な霊力によって衆生を救済した伝説を残し、生神様と尊敬されました。1727年(享保12)12月9日に亡くなりました。

略歴譜

1649年(慶安2)0歳豊科下鳥羽の庄屋の家に生れる。幼名を忠兵衛と言った。
1661年(寛文1) 全国各地を漫遊して修行を行う。
1673年(寛文13) 江戸の増上寺の住職広誉上人の下で、大和尚となる資格(壇林相続)を得る。
1683年(天和3) 全国各地での修行を終える。
1686年(貞享3) 摂州豊島郡神田村の法伝寺第8代住職となる。
1690年(元禄3) 豊科真々部の専念寺第14代住職となる。
1727年(享保12)12月9日 亡くなる。

参考文献

南安曇郡誌第三巻下南安曇郡誌改訂編纂会/編安曇野市立図書館