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白沢 保美|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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白沢 保美
しらさわ ほみ

林学博士。日本の林学会に貢献。

生年月日1868年(明治1)
没年月日1947年(昭和22)12月20日
関連地域三郷(一日市場)
職業・肩書林学博士
活躍年明治時代
ゆかりの分野文化(学術思想)

 

経歴

三郷一日市場に生れました。大阪で英学を学び、東京で農学等を学びました。1897年(明治30)、農商務省技師となり、万国博覧会の委員として、また森林植物学研究のためフランス・ドイツ・スイス等に留学しました。1903年(明治36)、「樟木(くすのき)に関する樟脳油(しょうのうゆ)」の論文によって、林学博士の学位を授けられました。1908年(明治41)に東京都目黒区に5万坪の敷地を確保した国立林業試験場の初代所長に就任、林業を科学的に研究し、東京都の街路樹の改良、公園造りや多摩墓地の建設の指導を行いました。退官時の記念金を辞退して、日本林学会の基金に入れ、世上に美談として賞揚されました。その後、日本林学会々長・興林会理事長・日本農学会長等を勤め、林業の発展のために尽力しました。

略歴譜

1868年(明治1)0歳三郷一日市場に生れる。
1897年(明治30) 農商務省技師となる。
1901年(明治34) ドイツ・フランス・スイス等に留学し、専ら森林樹木学・造林学の研究に精魂を傾ける。
1903年(明治36) 「樟木に関する樟脳油」の論文によって、林学博士の学位を授けられる。
1908年(明治41) 東京都目黒区に5万坪の敷地を確保した国立林業試験場の初代所長に就任する。
 国立林業試験場で、林業を科学的に研究し、東京都の街路樹の改良、公園造りや多摩墓地の建設の指導を行う。
1932年(昭和7) 薫陶を浴した人々が白沢博士記念会を組織する。退官の記念金を辞退して、日本林学会の基金に入れ、学会は「白沢賞」を設ける。
1935年(昭和10) 日本農学会長と全日本農学連合会長となる。
1938年(昭和13) 社団法人興林会理事長となる。
1939年(昭和14) 静岡県興農学園の理事長となり、地方青年の教育に努める。
1946年(昭和21) 貴族院議員令第一条第四号によって、貴族院議員に勅選される。
1947年(昭和22)12月20日 亡くなる。

参考文献

南安曇郡誌第三巻下南安曇郡誌改訂編纂会/編安曇野市立図書館
三郷村誌1三郷村誌編纂会/編安曇野市立図書館