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平林 盛人 |安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

平林 盛人の写真

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平林 盛人 
ひらばやし もりと

碌山美術館初代館長。穂高町長時代、美術館の誘致に尽力した。

生年月日1887年(明治20)11月10日
没年月日1969年(昭和44)5月21日
関連地域穂高(本郷)
職業・肩書地方自治功労者。
活躍年昭和時代
ゆかりの分野経済(産業)

 

経歴

穂高本郷に生れました。1906年(明治39)に大町中学校(現大町高等学校)を卒業し、陸軍士官学校に入学しました。1916年(大正5)には、歩兵大尉・参謀本部員を勤め、陸軍大学に入学しました。1930年(昭和5)に十一師団高級参謀となり、上海事変に出征しました。1937年(昭和12)に陸軍少将となり、関東軍司令部として支那事変勤務に従事して、同じ年の9月に満州国最高顧問となりました。1944年(昭和19)5月、第13代目松本市長に就任しました。戦後は、前田電線工場長・穂高町教育委員を勤め、1954年(昭和29)12月には、穂高町長に就任しました。また、碌山美術館建設に尽力し、1958年(昭和33)4月に碌山美術館が開館し、初代碌山美術館長となりました。

略歴譜

1887年(明治20)11月10日0歳穂高本郷に生れる。
1906年(明治39) 大町中学校を卒業し、陸軍士官学校に入学する。
1916年(大正5) 歩兵大尉・参謀本部員を勤め、陸軍大学に入学する。
1930年(昭和5) 十一師団高級参謀となり、上海事変に出征する。
1937年(昭和12) 陸軍少将となる。関東軍司令部として支那事変勤務に従事する。9月に満州国最高顧問に就任する。
1944年(昭和19)5月56歳第13代目松本市長に就任する。
1945年(昭和20) 姫路で第十七師団師管区師令官となり、後に長野へ移駐する。
1947年(昭和22) 前田電線工場の工場長及び穂高町教育委員となる。
1954年(昭和29)12月67歳穂高町長に就任する。
1958年(昭和33) 碌山美術館建設に尽力して、4月に碌山美術館が開館し、初代碌山美術館長となる。12月に穂高町長に再選される。 
1969年(昭和44)5月21日81歳亡くなる。

参考文献

わが回顧録 “渦巻のなかの善意”平林盛人・わが回顧録刊行会/発行安曇野市立図書館
長野県公式ホームページ