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望月 硯齋|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

望月 硯齋の写真

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望月 硯齋
もちづき けんさい

望月章齋の子で日本画家。明治時代の安曇平を代表する日本画家で、代表作に「富士望見図屏風」がある。

生年月日1843年(天保14)
没年月日1909年(明治42)
関連地域穂高(神田町)
職業・肩書日本画家
活躍年明治時代
ゆかりの分野文化(芸術)

 

経歴

穂高神田町に、望月章齋の子として生れました。絵は父の章齋に、学問は蘭方医高島章貞に学び、明治時代における安曇平を代表する画家でした。作品は、屏風・襖絵・掛軸・天井画等分野は広く、特に屏風絵は、狩野梅二以降の臨画様式を打破する新鮮な感覚がみられ、故事のみならずオリジナリティーに富んだ多作の画家でした。
代表的な作品に、「富士望見図屏風」があります。雄大な富士の裾野で、富士を望見する主従と子らの働く姿をコミカルに描いています。
1909年(明治42)に亡くなりました。

略歴譜

1843年(天保14)0歳穂高神田町に、望月章齋の子として生れる。
  絵は父の章齋に、学問は蘭方医高島章貞に学ぶ。
  作品は、屏風・襖絵・掛軸・天井画等分野は広い。
  臨画様式を打破する新鮮な感覚で屏風絵を描く。
1909年(明治42) 亡くなる。

参考文献

穂高町誌穂高町誌編纂委員会/編安曇野市立図書館
安曇野の美術丸山楽雲/編安曇野市立図書館
写真:1993穂高町出身の芸術家総合遺作展総合遺作展実行委員会/編