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望月 宗吉|安曇野ゆかりの先人たち

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

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望月 宗吉
もちづき そうきち

俳人。俳諧の師匠となり、牧舎10人で芭蕉の句碑を建てる。

生年月日不詳
没年月日1883年(明治16)1月
関連地域明科(上生野)
職業・肩書俳人
活躍年江戸時代以前
ゆかりの分野文化(文芸)

 

経歴

明科上生野に生れました。俳号を錦照・錦昇と称し、書を能(よ)くし、俳諧の師匠となりました。1849年(嘉永2)3月には、八幡宮境内に、催主となって牧舎10人で、芭蕉の句碑を建てました。1883年(明治16)1月に亡くなり、翌年5月に門下生が辞世の句碑を建て、「秋雨や我もこれから一寝いり 深老錦昇」と刻みました。

略歴譜

生年不詳 明科上生野に生れる。
 俳号を錦照・錦昇と称する。
 書を能くし、俳諧の師匠となる。
1849年(嘉永2)3月 八幡宮境内に、催主となって牧舎10人で、芭蕉の句碑を建てる。
1883年(明治16)1月 亡くなる。
1884年(明治17)5月 門下生が辞世の句碑を建て、「秋雨や我もこれから一寝いり 深老錦昇」と刻む。

参考文献

明科町史明科町史編纂会/編安曇野市立図書館