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安曇野が生んだ「社会派」映画の巨匠・熊井啓。
時には鋭く、時には優しい目で社会を見つめスクリーンに描き続けた巨匠の足跡。
熊井啓
安曇野市名誉市民 熊井啓監督(1930-2007)は、豊科町大字豊科(現 安曇野市豊科)に生をうけ、映画監督として日本の映画界に多大な功績を遺しました。
1964年、「帝銀事件・死刑囚」で映画監督デビューしてからは、「日本列島」(1965年)、「サンダカン八番娼館 望郷」(1974年)、「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」(1981年)、「日本の黒い夏 冤罪」(2001年)といった日本の近現代の社会問題や社会事件を主題とした作品を撮影しました。これらは社会の裏側の隠れた真実を、綿密な調査によって白日の下にする作品でした。これらの作風から熊井監督は「社会派」映画監督として高く評価されています。
また、「黒部の太陽」(1968年)では石原裕次郎、三船敏郎を主演に、黒部第四ダム建設を巡るドラマを撮影しました。この作品は当時の日本映画界の取り決めであった「五社協定」を覆すとして話題となり、上映時には多くの観客を集めました。
「忍ぶ川」(1972年)、「天平の甍」(1980年)、「海と毒薬」(1986年)、「千利休 本覚坊遺文」(1989年)、「深い河」(1995年)、「愛する」(1997年)といった作品は、日本の文芸作品を原作とし、人間の生と死を見つめ、私たちに生きる意味を問いかけてきます。
安曇野市豊科交流学習センター“きぼう”の開館にあわせ、寄贈された貴重な資料をもとに、熊井啓監督の業績を顕彰するため、熊井啓記念館を開設します。
9時から17時
無料