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岩渕 新六|安曇野ゆかりの先人たち

記事ID:0052008 印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

岩渕 新六

 いわぶち しんろく

  独学で漢学を修め、諸国を漫遊し、衆人に漢学を教授。生坂で寺子屋式の教授法による教育を施す。

生年月日 1823年(文政6)
没年月日 1905年(明治38)3月8日
関連地域 明科(中川手)
職業・肩書 教育者
活躍年 明治時代
ゆかりの分野 文化(教育)

経歴

  明科中川手に生れました。13歳頃に雲龍寺に弟子入りしましたが、15、16歳で寺を去り、独学で漢学を修めました。その後、諸方を漫遊し、衆人に漢学を教授しました。1887年(明治20)に授業生となり、生坂村北生野で寺子屋式の教授法による教育を施しました。性は磊落(らいらく)で無慾恬淡(むよくてんたん)、酒と詩を吟じ、小児を愛して、林和靖のような生活を送りました。1905年(明治38)3月8日に、亡くなりました。

略歴譜

1823年(文政6) 0歳 明科中川手に生れる。
  13歳頃 雲龍寺に弟子入りする。15、16歳で寺を去る。
    独学で漢学を修める。
    諸方を漫遊し、衆人に漢学を教授する。
1887年(明治20)   授業生となり、生坂村北生野で寺子屋方式の教授法による教育を施す。
1905年(明治38)3月8日   亡くなる。

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