故念|安曇野ゆかりの先人たち
記事ID:0052146 印刷用ページを表示する 掲載日:2025年1月27日更新
故念
こねん
宗源寺(宗林寺)を創建・開山した住職。能筆で漢詩を作ることも巧みであった。
生年月日 | 不詳 |
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没年月日 | 不詳 |
関連地域 | 明科(北村) |
職業・肩書 | 住職 |
活躍年 | 江戸時代以前 |
ゆかりの分野 | 文化(宗教) |
経歴
葛尾城主村上義清の三男と伝えられています。武州鴻巣(こうのす)の勝願寺から明科へ来て、1575年(天正3)に、宗源寺(宗林寺)を創建・開山しました。昔の村上氏の家来もやって来て、弟子となり仕え、寺内に三つの支院を建てました。また、阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊を本堂に安置し、その昔、周満が丹波島の犀川から拾って来た、釈迦如来の仏像も堂に安置したといわれています。書も大変達筆で、漢詩を作ることも巧みであったといわれ、有明山を望む連峯積雪白雲ノ間 屹立層層色又斑 堪賞ス天工自然ノ画 銀屏囲繞ス有明山 「有明山を望む」という漢詩を残しています。
略歴譜
生年不詳 | 葛尾城主村上義清の三男と伝えられている。 |
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武州鴻巣の勝願寺から明科へ来る。 | |
1575年(天正3) | 宗源寺(宗林寺)を創建・開山する。 |
昔の村上氏の家来もやって来て、弟子となり仕え、寺内に三つの支院を建てる。 | |
阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊を本堂に安置する。 | |
その昔、周満が丹波島の犀川から拾って来た、釈迦如来の仏像も堂に安置したといわれている。 | |
書も大変達筆で、漢詩を作ることも巧みであったといわれ、「有明山を望む」という詩を残している。 | |
没年不詳 | 死去。 |
参考文献
明科町史 | 明科町史編纂会/編 | 安曇野市図書館 |
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