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小林 邦|安曇野ゆかりの先人たち

記事ID:0052198 印刷用ページを表示する 掲載日:2025年1月27日更新

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小林 邦
こばやし くに

洋画家。国画会を舞台に中央で活躍する。文展で無鑑査の地位を得る。信州美術会会長に就任し、後進の指導に尽力する。

生年月日 1906年(明治39)
没年月日 1990年(平成2)
関連地域 穂高(塚原)
職業・肩書 画家
活躍年 昭和時代
ゆかりの分野 文化(芸術)

 

経歴

穂高塚原に、彫刻家小林章の弟として生まれ、本名は邦報といいました。若くして上京後、川端画学校に学び、小林未醒・宮坂勝の薫陶(くんとう)を受け、国画会を舞台に中央で活躍しました。文展では無鑑査の地位を得ました。地元では、中信美術会・県展の創設にも参画しました。1974年(昭和49)には、信州美術会会長に就任し、後進の指導を行う等、大きな足跡を残しました。1990年(平成2)に亡くなりました。

略歴譜

1906年(明治39) 穂高塚原に、彫刻家小林章の弟として生まれる。本名を邦報という。
  若くして上京後、川端画学校に学び、小林未醒・宮坂勝の薫陶を受け、国画会を舞台に中央で活躍する。
  文展で無鑑査の地位を得る。
  中信美術会・県展の創設に参画する。
1974年(昭和49) 信州美術会会長に就任し、後進の指導を行う。
1990年(平成2) 死去。

参考文献

穂高町誌 穂高町誌編纂委員会/編 安曇野市図書館
安曇野の美術 丸山楽雲/編 安曇野市図書館
1993穂高町出身の芸術家総合遺作展 総合遺作展実行委員会/編  

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