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広報あづみの連載 小説『安曇野』を読もう【第5部】

記事ID:0143614 更新日:2026年7月23日更新 印刷ページ表示

『安曇野』は明治から昭和にかけての日本を舞台に、実在する人物たちの活躍する様子が描かれている読みごたえのある作品です。広報あづみので16回にわたり『安曇野』のあらすじ・見どころを紹介してきました。筆者は、元安曇野市文書館 館長の平沢重人さんです。

第5部(その一〜その六)

戦後の混乱期に防須哲子が結婚

​第4部の時代背景は昭和、日本の敗戦までとなります。相馬夫妻は9人の子どもと12人の孫に恵まれますが、戦火に命を奪われた者も多くいます。昭和18年に松本五十連隊の陸軍少尉として応召された臼井は、部下を戦地へと送り出します。「なぜ日本は若者を無駄死にさせたのか」と臼井が言い放つ問いは、この『安曇野』執筆の動機ともなっています。

この巻の前段は、相馬夫妻の子どもたちの物語です。その二は、愛蔵と良の言動が和子(長男安雄の妻)を通して記されます。「愛蔵ほど哀れな夫、無力な親はなかった」と語ります。その八は良と五男・虎雄との確執です。「虎雄の怒鳴る声がつづいた。物を投げつける音がし
て、良が階段をおりてくるのを追っかけて、座ぶとんがとんできた。つづいて鏡餅がころがってきた」など、4頁に渡ります。

その五、六は場面が大きく展開します。清澤洌と斎藤茂の対話です。この二人は井口喜源治設立の研成義塾の卒業生です。昭和7年10月脳出血にて倒れ床に伏している井口の枕元で、甘粕事件や教員の赤化事件、川井訓導事件、ジャーナリズムの罪悪を語り合います。特に赤化事件では、南安曇郡下の学校でも多くの教員が検挙された様子が詳細に記されています。
​思い出話に花が咲く中、愛蔵は「オルガンと油絵を持ち込んでみんなをびっくりさせたおばあさん…」と、穂高に嫁入りした当時の良の様子を哲子に紹介します。若かった愛蔵と良の2人が老夫婦となった描写が、小説『安曇野』のフィナーレが近づいていることを予感させます。

「展望」の編集後記

「展望」編集後記​

筑摩書房発行の雑誌「展望」の創刊は昭和21年1月です。編集長は臼井吉見です。その編集後記(上の写真)に「軍備を捨て、制限せられた産業貿易の枠のなかで、文化国家を建設することは、世界にとつても未曽有の大きな実験課題であらう。その成果は世界の動向を決するものともなるにちがひない」と記しています。

第5部(その七〜その一六)

相馬夫妻の最期 戦争とは何か

小説『安曇野』の物語をこれまで引っ張ってきた愛蔵、良の相馬夫妻が、その一六でこの世を去ります。愛蔵の最期は「駆けつけた一同の看
まもるなかで、ひっそりと息をひきとった」と描写され、告別式の様子も詳細に書かれています。一方の良は、愛蔵の死から1年後の昭和
30年3月2日に「くるものがきたようだ」とのつぶやきを残して亡くなります。主人公ともいえる良の最期は、意外にもあっさりしています。

その七から一六では、さまざまな登場人物が戦争を切り口に鋭い指摘を読者に投げ掛けます。

アナキスト(無政府主義者)の石川三四郎は「勝者はつねに正義、敗者はつねに不正ということならば、ついに力は正義なりという結論に達するだろう。そうなると歴史は、人間の進歩を否定することになるだろう」と主張。さらに「戦勝国の殺人は合法的だが、敗戦国の殺人は非合法だという理屈は、子供だってだまされはしないと思うんだよ。(中略)主権国家が対立していれば、戦争になるのはわかりきったことだ。そして、勝ったほうが、敗けたほうを文明の名において裁くということになれば、いよいよ軍備をかためるほか手はないよ」と訴えます。

望月桂画「大掃除!!」(市文書館蔵)

望月桂画「大掃除!!」(市文書館蔵)

小説『安曇野』には登場しませんが、大杉栄や石川三四郎と交流のあったアナキストに、明科出身の画家・漫画家の望月桂がいます。望月は無審査の民衆芸術展「黒耀会展」を主宰し、石川も望月との共作を出品しています。

第5部(その一七〜その二五)

大団円は碌山美術館

​一七は「中村屋相馬夫妻の臨終まで書き終えた作者の僕は」で始まります。満を持して作者の臼井吉見が登場。筑摩書房の創業、松本五十
連隊への招集、伐木隊長としての九十九里浜、昭和20年8月15日の思い出を振り返っていきます。

政治家や学者、文化人が次々と登場しながら持論を展開するのが『安曇野』の特徴であり、二一からはその真骨頂です。臼井は中野重治の小説『五勺しゃくの酒』を取り上げながら、
天皇制や戦争責任を論じます。デイヴィッド・バーガミニの著作『天皇の陰謀』が引用されていることから、臼井に「あなたは戦争責任についてどう考えているのですか」と突きつけられているように感じます。

物語の最終盤、舞台は第1部冒頭と同じように安曇野へ。臼井が堀金の生家を訪問します。げんげ(れんげのこと)の花畑がなくなってしま
ったことに、「残雪の山々を背景に、げんげの花田のひろがった六月はじめの安曇野風景は、日本一と思って疑わなかった」と懐かしみます。

最後は碌山美術館。「中学校の当番らしい生徒が、館庭の落葉を掃いていた」という姿は、今の穂高東中学校に引き継がれています。臼井が
「碌山美術館の名物男」と評した事務職員の横山拓衛さんが、ある有名な曲をオルガンで弾いている場面で壮大な物語は大団円を迎えます。
2千人超の人物による対話で展開された『安曇野』は、私たちに「対話せよ」と問いかけています。ご愛読ありがとうございました。

なまくら観音

なまくら観音

横山拓衛作の民話『なまくら観音』(平成7年「なまくら観音」版画刊行会)です。「あとがき」に画家の中村石浄さんが、この民話の誕生秘話を書いています。興味のある人は、市内図書館か碌山美術館までお越しください。

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