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人びとがくらしはじめたころ

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年10月29日更新

ほりがね小学校をたてる時に見つかったいせき
ほりがね小学校をたてる時に見つかったいせき

 あづみのは、西に北アルプスの山やまがそびえ、東には犀川(さいがわ)が流れる自然(しぜん)のめぐみがゆたかなところです。このあたりでは、山のめぐみと川のめぐみの両方にささえられて、はるかむかしから人びとがくらしていました。
ところで、私たちの家や学校、市内の道路や畑などの下に、たくさんの遺跡(いせき:むかしの家やムラなどのあと)があることを知っていますか?
あづみの市ではいまのところ、およそ400か所もの遺跡が知られています。これらを調べることで、むかしの人びとの生活が分かってきます。

あかしな地いきの山ぎわでは、1万年いじょう前の「オオツノシカ」という大きなシカの化石が見つかりました。いまでは絶滅(ぜつめつ)してしまったこのシカは、もしかしたら、あかしなの山で生きる人びとの大事な食べ物だったかもしれません。

見つかったじょうもん時代の土器
市内で見つかったじょうもん時代の土器(どき)

縄文(じょうもん)時代になると、北アルプスの山すそや犀川の近くで、古い縄文土器(じょうもん どき)が使われたことが分かっています。この時代の人びとは、山や川から食べ物を手に入れていました。また、山や川を通り道として、遠く海に近いムラなどとも交流し、海でとれる塩(しお)や魚などを手に入れていたと考えられています。
弥生(やよい)時代には、あづみのにも米の作り方が伝わってきました。しかし、自然のめぐみがゆたかなこの地域(ちいき)は、米づくりだけにたよることなく、かりをしたり木の実やキノコをとったりと、いろいろなやり方で食べ物を手に入れていたようです。

あづみので広い田んぼや畑が登場するのは、土木(どぼく)の技術(ぎじゅつ)が発達(はったつ)する、平安(へいあん)時代より後であったと考えられています。