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多くの人に愛される 癒しの美術館でありたい
美術専門外でありながら「芸術の聖地」碌山美術館第12代館長に就任
昭和33年の開館落成式で、東京国立博物館の浅野長武館長が「若し芸術の聖地という言葉があるとすれば、私は本日ここにこの言葉を惜しみなくささげたい気持ちで一杯であります」と碌山美術館を評しました。本年4月、その碌山美術館の第12代館長に就いた平沢重人さんに思いを聞きました。
平沢 重人 さん

専門外の私に託された使命
はっきり申し上げると碌山美術館の経営はとても厳しいです。昨今、民間の美術館の経営はとても厳しいものです。碌山美術館でも安曇野ブームがあった昭和50年代から平成初期まで、来館者は年間20万人を超えていました。それが今では年間約2万7千人にまで減っています。
これまでの館長は美術の専門家が多かったです。私は直近まで市文書館と臼井吉見文学館の館長でしたが、元々は理科の教員。専門外の人材に期待する事は、従来の美術に携わってきた者の視点と異なった視点で碌山美術館の在り方を見ることが出来ることだと思います。見せる側からの視点ではなく、見る側の来館者の視点で美術館を見ることが出来れば、一層身近な存在になれるのではと思うのです。専門外の私に託された使命は何か。市民をはじめ多くの人に愛される美術館にして、再び来館者を増やすことに尽きると考えています。
大学時代は物理や化学の実験に明け暮れる日々でしたが、人と関わりたくて教員になりました。重責を感じつつも、来館する皆さんと交流できることが日々の原動力であり楽しみです。
コーヒー片手に命の洗濯を
県内の小中学生ら約30万人の寄付によって開館した当館は、来年には延べ来館者数が700万人に達する見込みです。また、再来年の令和9年に開館70周年を迎えます。節目がめじろ押しで、地元の皆さんが美術館に親しむ絶好のタイミングであるとも言えます。
近現代彫刻の国重要文化財6点のうち《女》と《北條虎吉像》は碌山の作品です。名実ともに「日本近代彫刻の父」である荻原碌山の重要性をもっと伝えたい。昨年度には、碌山館に加えてグズベリーハウスと美術の倉が国の登録有形文化財になりました。こうした彫刻作品や建造物が持つ素晴らしい価値をもっと発信していきます。
碌山館で名作を時間の許す限りゆっくりと鑑賞し、心身をリフレッシュする命の洗濯をしていただきたい。当館をそんな癒しの場とするために、7月から新しい試みを始めました。館内にある安曇野の地下水「杜江の水」を使ったドリップコーヒー(1杯350円・セルフ)の提供です。
人生分からないから面白い
理科の教員だった私が、国語や歴史の領域である市文書館長を経て今では美術館に勤めています。人生は何があるか分かりませんね。だからこそ面白い。これからも、教員時代からの信条「目の前のことに精いっぱい取り組む」という思いを大切にしていきます。
多くの人々の熱意と寄付で生まれた当館を、ぜひもう一度皆さんの手で温めてください。おいしいコーヒーをご用意してお待ちしています。

【プロフィル】
1957年飯田市出身。名古屋大学農学部を卒業後、教員に。30代の頃に田園風景が気に入り穂高へ移住。今号で最終回を迎えた本紙コラムの小説『安曇野』を読もう!の筆者でもある。

