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いかに速く到達できるか 日本縦断で限界に挑戦
競技人生約50年、65歳の自転車ロードレース元全日本王者
あの思い出の大会出場から40年、65歳で挑んだ日本縦断タイムアタック。過酷な挑戦を終えたばかりの大石一夫さんに思いを聞きました。
大石 一夫 さん

本場欧州で得た大きな感動
40年前の1986年、日本代表として自転車ロードレースの大会「ツール・ド・ラヴニール」に出場しました。フランスなどを駆ける中、本場ヨーロッパ選手のレベルの高さや観客の熱い応援に衝撃を受けました。ロードレースが国民的なスポーツの欧州で得たこの感動は、今でも鮮明に覚えています。
その後、ロードレースの全日本選手権で二度優勝しましたが、けがで1996年に第一線を退きました。2年後、思い入れのある大会の名前を入れた自転車店「シクロオオイシ・ラヴ
ニール」を穂高町に開きました。
競技から離れ、年齢を重ねても、小学校の頃に初めて自転車に乗った時の「どこまで遠く、速く行けるのだろう」という思いは持ち続けていました。今回チャレンジした日本縦断タイムアタックは、10 年ほど前から考えていました。ツール・ド・ラヴニールから40年がたち、65歳になった節目に、自分の限界を知ろうと挑戦を決意しました。
挑戦することの大切さ実感
先月9月15日午前4時に北海道稚内市にある最北端の宗谷岬を出発し、2600キロ先の鹿児島県にある佐多岬を目指しました。日本縦断のギネス記録は5日と17分だったので、今回は8日間でのゴールを目標にしました。
1100キロを走って新潟県三条市付近まで来た4日目、アキレス腱の炎症がひどくなりました。これ以上は無理ができないと感じ、残念ながら断念。50年弱にわたって自転車競技の経験を積んできましたが、ロードレースと日本縦断タイムアタックは全くの別物であることを思い知らされました。
今回の経験を通じて、自分がやりたいこと、やれそうなことに諦めずに挑戦することの大切さを感じました。後になって「あの時にやっておけばよかった」と後悔したくありません。また、大きな目標があるからこそ、日々の練習により身が入りました。経験させていただいた家族、帯同スタッフ、支援者には感謝しかありません。

安曇野は自転車乗りに最適
県外出身の私がこの地に定住し、自転車店を構えた理由は、この場所が自転車を乗るのに適した環境だからです。安曇野の道は平坦、アップダウン、峠と多様性があります。健康にも環境にも優しい自転車は、理想的な乗り物です。地元の皆さんにもっと自転車に
乗ってほしいと願っています。

【プロフィル】
秋田県出身で穂高牧在住。
自転車ロードレースの全日本選手権で二度優勝するなど、数々の国内タイトルを獲得。
自転車愛好家らからの愛称は「レジェンド」。
2人の子どもの父親でもある。

